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出羽三山
 東北地方の観光地、景勝地は様々ありますが、先日訪れたこの場所はその中でも謎が多いこと、神秘的なことにかけては最上位の一つかもしれません。
ミシュランガイドで★★や、★★★を獲得した行楽地としても、土着的な宗教と神道の結びつきを見る歴史的な場所としても、大変興味深いところです。


樹齢300年を超す巨大な杉林の階段。2500段の石段は大きく3つの坂にわかれ、中でも2番目の通称「あぶらこぼし」とよばれる急な坂は、かなりの苦行。

これは、月山、湯殿山とともに出羽三山の神社の中心、合祭殿をもつ、羽黒山です。

距離にして2キロ程度、徒歩でも30分から40分くらいですが、想像力と期待と筋肉疲労が膨らみ、かなりへとへと。車による迂回路もありますが、歩くことをおすすめします。ちなみにミシュランガイドで★★★を獲得したのはこの杉並木です。


途中には国宝の五重塔もたち、神仏分離をかろうじて免れた遺構も多く残っています。

ぜひとも宿泊したかったので、かつての宿坊、現在は参籠所になっている「斎館」に泊まりました。ついたのは午後4時。あまりの雰囲気に息を飲むほどかっこいい。


中はいろいろと普通だし、突っ込みたくなること満載なんですが、そこもまた楽しみの部分だったりします。
精進料理が冷たいとか、お風呂に行く通路が厨房と食堂のあいだとか、なんだかあと一工夫あれば、すごい立派になれるのに。まあ、修験者にとっては立派なことは関係ないかもしれませんが、せっかくなので、出羽三山の詳しい資料があるとか、ライブラリーみたいものがあるとか、工夫はあってもよさそう。

かつての神事で供される豪華な食事は微妙なクオリティーで再現されていました・・・



宿泊すると、翌日の本殿での「オツトメ」とよばれる神事に参加することができます。正座が不得意なひとにはちょっとつらい三十分くらいの祈祷です。これも、なかなか普段は味わえない基調な体験。最後に大黒様にお辞儀をして終了する不思議な段取り。

ご祈祷をしてくれた神主さんは、その後、一本下駄の山伏となって、団体客を案内していました。


季節の良い時期に訪れることをおすすめします。

Y

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佳境
登米のT邸が佳境を迎えています。
内装・外装とも仕上げの工程が続いています。

こちらはリビングの収納。
テレビ、ブルーレイ、スピーカー、AVアンプ…
などなどきれいに納める楽しい収納です。

壁の仕上げはスギの羽目板。
ビシッと割り付けにあわせていただいた神業のような仕上がり。
棚の板の割り付けが整っていると空間全体がひきしまった感じになります。
もうちょいです。


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バレンタインデー
今日はバレンタインデー。
小学生から大人まで胸をときめかせるイベント。
すっかりおっさんになってしまったわたしたちにはあまり縁のないできごとかと思っていましたが…

なんとお客様からとっても粋なプレゼントが届きました。

箱にぎっしり詰まったオリジナルのチロルチョコ。
自分たち3人の顔写真入りのチョコは若干引くものがありますが、
これは堪りません。食べるのがもったいないくらいです。

Tさまありがとうございます。
大切にガツガツいただきます。


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縁の下の力持ち
登米で進めていたT邸の工事報告がなかなかアップできずにいましたが、工事そのものは途中で震災の影響を受けたものの進んでおりました。

人体でいうところの骨である構造体はすでに組み上がり、現在は血管にあたる設備工事がどんどん進んでいます。天井裏、床下を這う電気、電話、給水、排水、雨水などなどに加えて、こちらでは今時の設備らしくHDMIケーブルや7.1chサラウンド用のスピーカーケーブルなども予め配線します。この段階できちんと準備しておけば、仕上がったときに配線が見苦しくなることもありません。

あってほしいけど、見苦しくてはいけない設備たち。
縁の下の力持ちなわけです。

そしていよいよ入荷してまいりました。
フローリングです。ついに仕上工事も間近に迫ってきました。

今回のフローリングはチェリー。
木目がきめ細かくて、なめらか。上質な質感があります。
しかも時を重ねると色合いが濃くなり風合いが増してくれます。
写真はフローリングと同素材の階段の踏板。

使い込めばどんどん飴色になって味わいのある美しさを増してくれるはずです。

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木の塊現る
石巻で被災された信和物産さんの店舗兼事務所の現場が佳境を迎えています。

開発がすすむロードサイドというロケーションで、シンプルながらも存在感が求められたプロジェクトでした。ここで採用されたのは木の外装。ウェスタンレッドシダーという比較的耐久性のある樹種の板張りです。

ザラザラとしたラフな木の質感は無機質な街並みの中で映えてくれるはずです。

外装材と調和を取るために窓廻りには細工をしました。割付とピシッとあった枠が決まりました。板金屋さんの職人技のたまものです。

わたしたちがお手伝いしている直接的な復興のプロジェクト。
あと一息です。

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出雲 その2
 前回につづき、出雲です。

ちょっとひっぱりましたが、出雲大社といえば庁の舎


1963年完成。設計はもちろん菊ちゃん。いや、菊竹清訓先生です。

最近、菊竹先生の建物を見学する機会がなぜか多いので、もうなんか友達みたいな感じ。

巨大な梁にPCカーテンウォールを立てかけた形は出雲を通り越して縄文時代の竪穴住居を思い起こさせる。とにかく、力の入った建物です。


手すりや、ドアノブまで余すところなくデザインされています。それもモダニズムだとか超越したマニアっぷり。

以前、第一工房設計の建物で手すりが太いステンレスワイヤーだったのを思い出すと、こちらは今となっては常識的にも見えますが、なんといっても菊竹先生がやっているところに魅力を感じるディテール。



こんなのとか。ちょっと70年代の豪邸の玄関みたいなディテール。でも設計は1963年。こっちが先駆けでしょうかね。


この微妙なルーバーは実は樋も兼ねていて、水が綺麗に下に落ちるようになっている。

子供だったら登っていたかもって思うくらいな「はしご状」のルーバー。




妻面のPCウォール。50年経っても健在。

実は中も普通に入れますが、参拝、祈祷受付みたいになっていたので、写真は遠慮しました。

内部や建物の裏側は少し手を入れられていますが、いまも現役バリバリ。丹下健三の建物とは違う傍流としての存在感では、このあと台頭する磯崎新よりずっとマジメ。

いや、そもそも傍流なんて眼中になかったからこそ、このクオリティーなんでしょうね。

Y
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出雲
 所用があり、鳥取、島根を訪れました。
時間があったので、出雲大社へ足を伸ばしたんですが、あいにくの大雨。


休日だったこともあり、たくさんの人人人

雨で、しかも本殿は遷宮のために拝観できないのにすごい人。午後には駐車場もいっぱいになり、道は車であふれるほどです。

10月(旧暦)は神無月と言われますが、ここ出雲だけは神在月。八百万の神様が全国から集まってきます。さしずめ、神様も大渋滞でしょう。



本殿はご覧のとおり。大きな鞘堂に覆われています。

出雲大社といえば、東大寺の大仏殿、平安京の大極殿と並び称される巨大建築として古代の本にも書かれ、その復元案は一大妄想建築群とも言うべき歴史ロマンの結実として有名ですね。


心柱の遺跡が発掘され、直径3mを超えているとか、階段が1町続いたという文献が残るとか、60年の間に10回倒壊したとか。

神様をむかえるのも楽じゃないですね。


本殿は修理中ですが、その他にも見所満載の出雲大社です。隣接する県立考古学博物館も先ほどの古代出雲大社復元模型レースが展開されていて必見(展示にひと工夫欲しかったけど)。

それともう一つ、建築やっているひとも、そうでない人も、出雲大社に行ったらあれみないとダメです。そう、あれです(次回、ご紹介します)。

Y
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羽田空港
 先日、所用で羽田空港の全日空側ターミナルを使いました。いつもJAL側だったので、久しぶり。

と思ったらなんだかターミナルが大きくなっていて、レストランゾーンが拡張されていました。


拡張されたところは大部分がおしゃれなフードコート。

食事をする場所には様々な有名所の椅子、テーブル。



にぎわい演出としては手間がかからなくて、成功してるようです。


おじいさんがパントンチェアに座っている姿は可愛らしい景色でした。

Y
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復活の狼煙
 大震災で被災された店舗兼事務所の移転新築工事の地鎮祭です。
SOY sourceで設計をさせていただいております。


施主である被災された会社の社長は、

「周りの方の思いもよらないたくさんの支援、励ましを頂いた。恩返しをする意味でも、なんとしても復興して、元気に復活した姿を見せたい。」

とおっしゃっておりました。
我々設計サイドも、いつにもまして気合とスピードを求められ、その気持ちに答えられるようにという思いです。


商売柄お付き合いの多い社長の人柄を写して、たくさんの方が出席された地鎮祭でした。

緊褌一番、現場監理も頑張る決意です。

Y


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山古志村
 報告が遅れましたが、先月25日に震災復興計画をお手伝いしているJIA(日本建築家協会)のメンバー、被災した自治体の担当職員とともに、新潟県の旧山古志村(現長岡市)を見学しに行って来ました。

超軟弱地盤の丘陵地である山古志村は新潟県中越地震で壊滅的な被害を受け、全村避難を決定。その後3年以上の年月をかけて、帰村、見事に復興を果たしたことで知られます。


当時、新潟県から派遣された復興管理官の渡辺斉氏の案内で、14ある部落のうち代表的な幾つかの場所を見学させて頂きました。

村には今だに地震の傷跡が残り、多くの村民が以前に住んでいた土地を離れ、安全な高台へ移転しています。土砂ダムに埋まった家、崩れた崖の下に放棄された旧県道。それでもなお住み慣れた土地の再興に明るく邁進する人々にたくさん出会うことが出来ました。

林業、農業に加えて錦鯉の養殖でも知られるこのエリアは7年の歳月と多くの努力によって見事に復興していました。


写真は災害復興住宅のモデルハウスです。



地場産の木材を使い、工事請負を地元大工グループとすることでコスト削減と、投資金額の地元での回収に寄与しています。

一説には都心のハウスメーカーに請け負わせる住宅は、たとえ労働力を地域でまかなっても、かかったお金の3割しか地元に落ちないと言われます。

逆に積極的な地場産材の使用と請け負いシステムの構築は、8割のお金が地元に落ちます。また、高度なシステムを使うことなく建てられた住宅は、地域の大工、職人によるメンテナンが可能で、長期的な地元職人の雇用を生むことにも貢献します。




地場産品を扱う小規模な直販所。


震災前から規模を倍増した地域のシンボル、闘牛場。

当日はあいにくの天気でしたが、復興に尽力された自治体職員、復興を成し遂げ、さらに新しいビジネスに挑戦する方など多くの人と合うことができ、大変勉強になりました。

また、東日本大震災を重ねあわせ、復興には多くの強い意思が必要なのだと実感しました。


今回参加したメンバーと案内いただいた地元の方々


Y


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